STAGE 9
屋根裏の7年間
ワイルズの証明
🎯 ミッション
ワイルズの作戦(mod 3 の指紋の一致から出発し、mod 9、mod 27、… と一致を持ち上げる)と、ハッセの定理によって「十分大きな 3 のべき乗で一致すれば完全に一致する」理由を説明しよう。1993年の発表から1995年の完成までの流れをたどれば合格。
未達成

ねこ博士
最終ステージだ。主人公はアンドリュー・ワイルズ。1953年にイギリスのケンブリッジで生まれた。10歳のとき、町の図書館で、フェルマーの最終定理について書かれた本を見つけたんだ。10歳の自分にも意味が分かる問題なのに、300年以上誰も解けていない。彼はそのとき、いつか自分が解くと決めたという。

うさ美
STAGE1 の私と同じです。式の意味は分かるのに、解けないなんて不思議でした。ワイルズは、そのまま研究を始めたんですか?

ねこ博士
大学で数学者になる訓練を受けるうちに、彼はいったんフェルマーの問題から離れた。プロの数学者には、手がかりのない問題に人生をかけるのは危険すぎたからだ。かわりに研究したのが楕円曲線だった。のちにアメリカのプリンストン大学の教授になる。そして1986年の夏、リベットの定理の知らせを聞く。前のステージで見た、「半安定な楕円曲線の谷山–志村予想を証明すれば、フェルマーの最終定理が従う」という結果だ。

うさ美
ずっと研究してきた楕円曲線が、子どものころの夢の問題につながったんですね。

ねこ博士
ワイルズは、ほかの仕事を整理して、この問題だけに取り組むことにした。しかも、誰にも言わずにね。注目されると落ち着いて考えられないし、途中の成果を小出しにすると、他人に先を越されるかもしれない。自宅の屋根裏の書斎で、妻のほかには誰にも明かさず、7年間考え続けた。

うさ美
7年間、1人で……。どうやって攻めたんですか? STAGE7 では、谷山–志村予想は「証明の手がかりがまったくなかった」と聞きました。

ねこ博士
作戦の中心は、STAGE8 で使った「指紋を mod p でぼかして見る」考え方だ。楕円曲線がモジュラーだと示すには、すべての素数 ℓ で aℓ がモジュラー形式の係数と一致することを示したい。ワイルズは、まず mod 3 で見た一致から出発した。じつは、どんな楕円曲線でも、aℓ を mod 3 で見た指紋が、あるモジュラー形式の係数と一致することは、ラングランズとタネルの定理(1980年ごろ)ですでに分かっていたんだ。

うさ美
mod 3 で一致しているだけでは、本当の aℓ が一致するとは言えません。−2 と 1 は、mod 3 で見ると同じですから。

ねこ博士
そう。だから、mod 3 の一致を、mod 9 の一致、mod 27 の一致、mod 81 の一致……と、3 のべき乗で一段ずつ持ち上げていく。これがワイルズの作戦だった。すべての段で一致すると言えたら、本当の aℓ も一致する。なぜだか分かるかな? STAGE6 のハッセの定理を思い出してごらん。

うさ美
ハッセの定理で、|aℓ|≦2√ℓ でした。モジュラー形式の係数も同じ範囲に入るとすると、2つの数の差は 4√ℓ 以下です。2つの数が mod 3ᵏ で一致するということは、差が 3ᵏ の倍数ということです。3ᵏ が 4√ℓ より大きくなれば、4√ℓ 以下の 3ᵏ の倍数は 0 しかないので、差は 0。つまり、本当に一致します。

ねこ博士
その通りだ。ℓ ごとに、十分大きな k まで一致を持ち上げれば、完全な一致になる。ワイルズの仕事の大部分は、この「持ち上げ」の階段を作ることに費やされた。くわしく言うと、「mod 3 の指紋を持ち上げる方法」を、楕円曲線の側と、モジュラー形式の側で、それぞれ全部数え上げて、2つの側で数がぴったり同じになることを示す、という形をとった。モジュラー形式の側の持ち上げは、どれも楕円曲線の側の持ち上げにもなっている。数が同じなら、楕円曲線の側の持ち上げは全部、モジュラー形式から来ていることになる。
3ᵏ で持ち上げると、どこで完全に決まるか。曲線 y²+y=x³−x² で、素数 ℓ を選ぶ。表は、ハッセの範囲(−2√ℓ〜2√ℓ)に入る整数のうち、aℓ と mod 3ᵏ で一致するものの一覧。k=1(mod 3)では候補がいくつも残るが、3ᵏ が 4√ℓ を超えると、候補は本物の aℓ ただ1つに絞られる

うさ美
mod 3 で一致することは分かっている、というのが1段目で、そこから1段ずつ上っていくんですね。それで、証明はできたんですか?

ねこ博士
1993年6月、ワイルズは生まれ故郷ケンブリッジのアイザック・ニュートン研究所で、3日続きの講演をした。題目は「モジュラー形式、楕円曲線、ガロア表現」。フェルマーの名前は出さなかった。けれど、話が進むにつれて、聞いている数学者たちには行き先が分かってきた。6月23日の最終日、黒板に半安定な楕円曲線の谷山–志村予想の証明を書き終え、最後にフェルマーの最終定理がその結果として従うことを示して、こう言って講演を終えた。「ここで終わりにしようと思います」。

うさ美
358年の問題が、その日に解けたんですね!

ねこ博士
世界中で大ニュースになった。ところが、話はそこで終わらなかった。200ページにおよぶ論文を、何人もの専門家が1行ずつ確かめていく。その途中で、ワイルズの友人でもある審査役のニック・カッツが、持ち上げの階段の一部に、穴があることに気づいたんだ。2つの側の数がぴったり同じだと示す議論の中の、ある道具の作り方がうまくいっていなかった。

うさ美
穴……。直せなかったら、証明は全部くずれてしまうんですか?

ねこ博士
そう。ワイルズは数か月かけて直そうとしたけれど、うまくいかない。1993年12月、彼は証明に問題があることを公表した。そして1994年の初め、かつての教え子で、ケンブリッジの若い数学者リチャード・テイラーを呼んで、2人で取り組んだ。それでも穴はふさがらなかった。1994年の夏が終わるころには、ワイルズはあきらめかけていたという。

うさ美
7年かけて、最後の最後で……。

ねこ博士
1994年9月19日の朝、ワイルズは「なぜうまくいかないのか」だけでも確かめておこうと、もう一度机に向かった。そのとき、ひらめいたんだ。3年前に自分で試して捨てた古い方法(岩澤理論と呼ばれる道具)と、いま行き詰まっている方法は、片方だけではどちらも足りない。けれど、2つを組み合わせると、ちょうどお互いの足りないところを補い合う。穴は、それでふさがった。

うさ美
捨てた方法が、最後に役に立ったんですね。

ねこ博士
1994年10月、2本の論文が提出された。ワイルズの「モジュラー楕円曲線とフェルマーの最終定理」と、テイラーとワイルズの共著で、修正の要の部分を担う論文だ。厳しい審査を経て、1995年5月、数学の専門誌『アナルズ・オブ・マセマティクス』に掲載された。フェルマーの書き込みから、358年後のことだ。さらに2001年には、ブルイユ、コンラッド、ダイアモンド、テイラーの4人が、半安定に限らずすべての楕円曲線について谷山–志村予想を証明した。いまではモジュラリティ定理と呼ばれている。
358年の年表。前半(1637〜1847年)は xⁿ+yⁿ=zⁿ そのものと向き合う時代、後半(1955年〜)は楕円曲線とモジュラー形式という別の世界から攻める時代

うさ美
結局、フェルマーは「驚くべき証明」を本当に見つけていたんでしょうか。ワイルズの証明は、楕円曲線もモジュラー形式も使っていて、17世紀にはなかった道具ばかりです。

ねこ博士
本当のところは誰にも分からない。けれど、フェルマーはその後の手紙で n=3 と n=4 の場合のことしか書いていない。だから、多くの数学者は、彼がのちに自分の証明の誤りに気づいたのではないか、と考えている。STAGE3 のラメのように、素因数分解がただ1通りだと思い込んだ証明だったのかもしれないね。

うさ美
でも、もしフェルマーの証明が正しかったら、楕円曲線とモジュラー形式の橋は、ずっと見つからなかったかもしれません。

ねこ博士
いいところに気づいたね。358年の間に、この問題は、クンマーの理想数を生み、楕円曲線とモジュラー形式の研究を育て、最後には2つの世界をつなぐ橋を完成させた。フェルマーの最終定理そのものより、その途中で生まれた数学のほうが、ずっと大きいとも言える。そして、その橋は今も、数学者たちが「ラングランズ・プログラム」と呼ぶ、もっと大きな地図の一部として広がり続けているんだ。きみが最初の日に見た短い式から、ここまで来たんだよ。
【このステージの成果】
ワイルズ(1953年生まれ):10歳で問題に出会い、1986年のリベットの定理を聞いて、屋根裏で7年間ひそかに取り組んだ
作戦:どんな楕円曲線も mod 3 の指紋はモジュラー(ラングランズ–タネル)→ mod 9, 27, … と一致を持ち上げる
ハッセの定理 |aℓ|≦2√ℓ から、3ᵏ>4√ℓ で mod 3ᵏ の一致は完全な一致になる
1993年6月の講演 → 審査で穴が見つかる → テイラーと修正、1994年9月19日に解決 → 1995年5月に論文掲載
2001年、すべての楕円曲線について谷山–志村予想が証明され、モジュラリティ定理となった
確認クイズ
Q1. ワイルズの作戦の出発点として正しいものは?
正解! mod 3 の一致はラングランズとタネルの定理で分かっていた。そこから 3 のべき乗で一致を持ち上げる階段を作ることが、証明の中心だった。
Q2. ℓ=13 のとき、mod 3ᵏ での一致から完全な一致が言えるのは、3ᵏ がおよそいくつを超えたとき?(ハッセの定理 |a_ℓ|≦2√ℓ を使う)
正解! 2つの数がどちらも −2√13 から 2√13 の間にあれば、差は 4√13≒14.4 以下。差が 3ᵏ の倍数で 3ᵏ>14.4 なら、差は 0 しかない。3²=9 では足りず、3³=27 で決まる。
Q3. 1993年の講演のあとに起きたことは?
正解! 審査の中で持ち上げの議論の一部に穴が見つかった。1994年9月19日、以前に捨てた岩澤理論の方法と組み合わせることで解決し、1995年5月に論文が掲載された。