STAGE 8
ありえない曲線
フライ曲線とリベットの定理
🎯 ミッション
フライ曲線 y²=x(x−aᵖ)(x+bᵖ) の判別式が 16(abc)²ᵖ になることを計算し、「フェルマーの解 → フライ曲線 → モジュラーではありえない」という筋道と、谷山–志村予想が証明できればフェルマーの最終定理が従う理由を説明しよう。
未達成

ねこ博士
前のステージの最後に、フェルマーの最終定理と谷山–志村予想は、別の話だと思われていたと言ったね。その2つを結びつけたのが、ドイツの数学者ゲルハルト・フライだ。1984年、彼はこんなことを考えた。背理法で、フェルマーの式に解があると仮定する。p を 5 以上の素数として、aᵖ+bᵖ=cᵖ をみたす自然数 a, b, c があったとしよう(共通の約数はないとしておく)。この a, b を使って、楕円曲線を1本作るんだ。
フライ曲線:y²=x(x−aᵖ)(x+bᵖ)

うさ美
右辺を展開すると、x(x²+(bᵖ−aᵖ)x−aᵖbᵖ)=x³+(bᵖ−aᵖ)x²−aᵖbᵖx。x² の項がありますが、STAGE6 で「x² の項は x をずらせば消せる」と聞いたので、これも楕円曲線の仲間ですね。でも、c が式のどこにも出てきません。

ねこ博士
c は隠れているんだ。この曲線が x 軸と交わる点を考えてごらん。y=0 になる x は?

うさ美
x(x−aᵖ)(x+bᵖ)=0 なので、x=0, aᵖ, −bᵖ の3つです。

ねこ博士
楕円曲線には、判別式と呼ばれる大事な数がある。x 軸との3つの交点 r₁, r₂, r₃ から、Δ=16×(r₁−r₂)²(r₂−r₃)²(r₁−r₃)² で計算する数だ。2つの交点が重なると Δ=0 になる。STAGE5 で、曲線が自分自身と交わったり、とがったりするものは楕円曲線に含めないと言ったね。あれは、ちょうど交点が重なる場合なんだ。そして、Δ を割り切る素数では、その素数で割った余りの世界で見ると、交点が重なってしまう。だから、悪い素数は Δ を割り切る素数の中から出てくる。では、フライ曲線の Δ を計算してごらん。

うさ美
3つの交点どうしの差は、aᵖ−0=aᵖ、0−(−bᵖ)=bᵖ、aᵖ−(−bᵖ)=aᵖ+bᵖ。……aᵖ+bᵖ は cᵖ です! c はここに隠れていました。だから
Δ=16×(aᵖ)²×(bᵖ)²×(cᵖ)²=16(abc)²ᵖ。
16 を除くと、全体が abc の 2p 乗です。
Δ=16×(aᵖ)²×(bᵖ)²×(cᵖ)²=16(abc)²ᵖ。
16 を除くと、全体が abc の 2p 乗です。

ねこ博士
そう。判別式が、こんなにきれいな「何かの 2p 乗」になる楕円曲線は、普通は考えられない。判別式はふつう、いろいろな素数がばらばらの指数で混ざった数になるからね。フライは、この曲線は整いすぎていて、ありえないのではないか、もっと正確に言うと、この曲線はモジュラーではありえないのではないか、と考えたんだ。
フライ曲線の判別式を調べるツール。a, b, p を選ぶと、A=aᵖ、B=bᵖ、C=A+B として曲線 y²=x(x−A)(x+B) を作り(グラフは横方向を縮めて描く)、判別式 Δ=16A²B²C² を素因数分解する。指数が 2p の倍数の素数は緑、そうでない素数は赤(2 は本物のフライ曲線では式を少し調整して扱うので色をつけない)。本物の解なら C=cᵖ なので、すべてが緑になるはずだが、C が p 乗の数になることはなく、赤い素数が必ず残る

うさ美
「モジュラーではありえない」というのは、どういうことですか? この曲線の aₚ を係数にもつモジュラー形式がない、という意味ですか?

ねこ博士
そういう意味だ。ここで1つ思い出してほしい。谷山–志村予想が正しいなら、すべての楕円曲線はモジュラーだった。だから、もしフライの考えが正しくて、しかも谷山–志村予想も正しいなら……。

うさ美
フェルマーの式に解があると、フライ曲線が作れます。谷山–志村予想が正しいなら、フライ曲線もモジュラーです。でもフライ曲線はモジュラーではありえない。矛盾します。だから、解は存在しない……。谷山–志村予想が証明できれば、フェルマーの最終定理も証明できる、ということですか?

ねこ博士
その通り。ただし、フライの「モジュラーではありえない」は、まだ予想にすぎなかった。それを証明するために、フランスのセールがより詳しい予想を立て、1986年、アメリカのケン・リベットがその必要な部分を証明した。リベットの定理の中身を、少しだけのぞいてみよう。鍵になるのは、STAGE6 で作った指紋を、mod p でぼかして見ることだ。

うさ美
指紋の aₚ を、さらに p で割った余りだけで見る、ということですか? p はフェルマーの式の指数の p ですね。

ねこ博士
そう。素数を区別するために、曲線の指紋のほうは aℓ(ℓ は素数を表すもう1つの文字)と書こう。フライ曲線の悪い素数は、判別式 16(abc)²ᵖ を割り切る素数、つまり 2 と、a, b, c の素因数だ。導手は、それらを掛け合わせた数(2 のところだけ少し調整がいる)になる。もしフライ曲線がモジュラーなら、レベルがこの導手のモジュラー形式があって、qℓ の係数が aℓ に一致する。リベットが示したのは、こういうことだ。判別式の中で指数が p の倍数になっている悪い素数は、mod p でぼかした指紋には映らない。だから、mod p で見る限り、その素数をレベルから取り除いてよい。

うさ美
フライ曲線の判別式は 16(abc)²ᵖ なので、a, b, c の素因数は全部、指数が 2p の倍数です。つまり全部、取り除けます。残るのは……2 だけです。

ねこ博士
そう。リベットの定理によると、フライ曲線がモジュラーなら、重さ2・レベル2 のモジュラー形式で、係数を mod p で見るとフライ曲線の aℓ と一致するものが存在しなければならない。ところが、重さ2・レベル2 のモジュラー形式は、1つも存在しない。これは昔から分かっていたことなんだ。STAGE7 で、レベル 11 では対称性が強すぎて F ただ1つしかなかったね。レベル 2 では、対称性の条件がさらにきつく効いて、条件をみたすのは 0 だけになってしまう。
証明の筋道。フェルマーの式の解からフライ曲線を作り、谷山–志村予想とリベットの定理を通すと、存在しないはずのモジュラー形式にたどりつく。リベットの定理によって、空いているのは「谷山–志村予想」の一段だけになった

うさ美
空いているのは、谷山–志村予想のところだけですね。でも、その予想は、誰にも手がかりがなかったはずです。

ねこ博士
そうなんだ。リベットの証明を聞いた多くの数学者は、「これでフェルマーの最終定理は、谷山–志村予想と同じくらい難しい問題になった。つまり、当分は解けない」と受け止めた。しかも、全部の楕円曲線について証明する必要はない。フライ曲線は半安定と呼ばれる種類で、悪い素数でのこわれ方がおだやか(とがらずに、自分と交わるだけ)だ。だから、半安定な楕円曲線について谷山–志村予想を示せば足りる。それでも、とてつもなく難しい問題であることに変わりはなかった。

うさ美
誰か、挑んだ人はいたんですか?

ねこ博士
1986年の夏、リベットの結果を聞いて、「これは自分の問題だ」と心を決めた人がいた。子どものころからフェルマーの最終定理に憧れていた、イギリス出身の数学者だ。次の最終ステージで、その人の7年間を追いかけよう。
【このステージの成果】
フライ曲線(1984年):aᵖ+bᵖ=cᵖ の解から作る楕円曲線 y²=x(x−aᵖ)(x+bᵖ)
判別式 Δ=16(r₁−r₂)²(r₂−r₃)²(r₁−r₃)²。交点の差は aᵖ, bᵖ, aᵖ+bᵖ=cᵖ なので Δ=16(abc)²ᵖ(整いすぎている)
谷山–志村予想が正しく、フライ曲線がモジュラーでないなら → 解はない(谷山–志村予想 ⇒ フェルマーの最終定理)
リベットの定理(1986年):判別式の指数が p の倍数の素数は、mod p の指紋に映らず、レベルから取り除ける → フライ曲線ならレベル2 まで下がる
重さ2・レベル2 のモジュラー形式は存在しない → 矛盾。残る課題は「半安定な楕円曲線の谷山–志村予想」
確認クイズ
Q1. フライ曲線 y²=x(x−aᵖ)(x+bᵖ) の x 軸との交点の差に、cᵖ が現れる理由は?
正解! 交点は x=0, aᵖ, −bᵖ。差は aᵖ, bᵖ, aᵖ+bᵖ で、最後のものが仮定により cᵖ。だから判別式は 16(abc)²ᵖ という、整いすぎた形になる。
Q2. リベットの定理によって分かったことは?
正解! フライ曲線がモジュラーなら、存在しない「重さ2・レベル2 のモジュラー形式」が必要になる。だから、半安定な楕円曲線がすべてモジュラーだと示せば、フェルマーの式の解はありえない。
Q3. フライ曲線がモジュラーだとすると矛盾が出る、最後の決め手は?
正解! リベットの定理でレベルを 2 まで下げると、重さ2・レベル2 のモジュラー形式が必要になる。しかし、そのようなものは 0 しかない。