STAGE 7
もうひとつの数列
モジュラー形式と谷山–志村予想
🎯 ミッション
q(1−q)²(1−q¹¹)²(1−q²)²(1−q²²)²… を q⁵ まで展開し、q², q³, q⁵ の係数が STAGE6 の a₂, a₃, a₅ と一致することを確かめよう。モジュラー形式の対称性と、谷山–志村予想の主張を説明できれば合格。
未達成

ねこ博士
前のステージで、楕円曲線 y²+y=x³−x² から、aₚ という数の列を作ったね。今日は、楕円曲線のことはいったん忘れて、まったく別のものを計算する。q を文字として、こんな終わりのない掛け算を考えよう。
F=q×(1−q)²(1−q¹¹)²×(1−q²)²(1−q²²)²×(1−q³)²(1−q³³)²×…
n=1, 2, 3, … のそれぞれについて (1−qⁿ)²(1−q¹¹ⁿ)² を、どこまでも掛けていくものだ。
F=q×
n=1, 2, 3, … のそれぞれについて (1−qⁿ)²(1−q¹¹ⁿ)² を、どこまでも掛けていくものだ。

うさ美
終わりがないのに、展開できるんですか? 掛け算をいつまでも続けることになります。

ねこ博士
知りたいのは、展開したときの q の何乗の係数か、だよ。たとえば q⁵ の係数だけが知りたいなら、(1−q⁶)² から先のかっこは、1 のほかに q⁶ 以上の項しかもたないから、q⁵ までの係数には関係しない。同じ理由で、(1−q¹¹)² なども q¹² 以上の係数にしか効かない。だから、有限回の計算で済むんだ。最初に q が1つ掛かっているから、q⁵ までを知るには、残りの掛け算を q⁴ まで計算すればいい。やってごらん。

うさ美
q⁴ までに効くのは (1−q)², (1−q²)², (1−q³)², (1−q⁴)² の4つです。q⁵ 以上の項は捨てながら、順に掛けていきます。
(1−q)²=1−2q+q²
×(1−q²)²=×(1−2q²+q⁴) → 1−2q−q²+4q³−q⁴
×(1−q³)²=×(1−2q³+…) → 1−2q−q²+2q³+3q⁴
×(1−q⁴)²=×(1−2q⁴+…) → 1−2q−q²+2q³+q⁴
最後に q を掛けて:F=q−2q²−q³+2q⁴+q⁵+…

ねこ博士
q の右肩の数が素数のところ、q², q³, q⁵ の係数を、前のステージの a₂, a₃, a₅ と比べてごらん。

うさ美
q² の係数は −2、q³ は −1、q⁵ は 1。a₂=−2、a₃=−1、a₅=1 でした。……3つとも同じです! でも、これは楕円曲線とは何の関係もない、ただの掛け算です。偶然ですか?

ねこ博士
偶然ではない。コンピュータで続きを計算すると、q⁷ の係数は −2、q¹¹ は 1、q¹³ は 4、q¹⁷ は −2、……と、どこまで行っても、素数 p について qp の係数が aₚ と一致する。片方は mod p で点を数えた結果、もう片方は掛け算の展開。まったく別の計算から、同じ数の列が出てくるんだ。
2つの数列を比べる。上の段は、掛け算 F を展開したときの qp の係数。下の段は、STAGE6 と同じく楕円曲線 y²+y=x³−x² の点を mod p で数えて求めた aₚ=p−Nₚ。どちらもページの中でその場で計算している

うさ美
なぜ、この掛け算が楕円曲線の指紋を知っているんですか? (1−q¹¹)² の 11 は、前のステージの導手の 11 と同じ数です。

ねこ博士
11 が出てくるのも偶然ではない。理由を話すには、F の正体を知る必要がある。F はモジュラー形式と呼ばれる種類の関数なんだ。ここまで q はただの文字だったけれど、q に複素数を入れてみよう。τ(タウ)を、虚部が正の複素数 τ=x+iy(y>0)として、q=e2πiτ とおく。

うさ美
eiθ は、『本当はおもしろい複素数の世界』で学びました。単位円の上を、1 から弧の長さ θ だけ進んだ点です。2πiτ=2πi(x+iy)=2πix−2πy なので、指数法則で q=e2πix×e−2πy。e2πix は、単位円を1周の x 倍だけ回った点で、e−2πy は 1 より小さい正の数。q は、長さが e−2πy で、角度が1周の x 倍の矢印です。

ねこ博士
よく覚えていたね。y>0 だから、q の長さは 1 より小さい。だから qⁿ は n が大きくなるほど 0 に近づいて、終わりのない掛け算も、ちゃんと1つの複素数に落ち着く。こうして F は、τ を入れると複素数を返す関数 F(τ) になる。では、τ を τ+1 に変えると、F(τ) はどうなるかな?

うさ美
x が 1 増えると、e2πix は1周ちょうど余計に回るだけなので、同じ点です。q が変わらないので、F(τ+1)=F(τ)。τ を 1 ずらしても値が変わりません。

ねこ博士
それは q を使って書いたことから自動的に出てくる、当たり前の対称性だ。モジュラー形式の本当にすごいところは、隠れた対称性をもつことなんだ。F の場合、τ を τ/(11τ+1) に取りかえると、次の式が成り立つ。
F(τ/(11τ+1))=(11τ+1)²×F(τ)
一般に、整数 a, b, c, d が ad−bc=1 をみたし、c が 11 の倍数なら:
F((aτ+b)/(cτ+d))=(cτ+d)²×F(τ) 右肩の 2 を重さ、c が倍数でなければならない 11 をレベルという。F は「重さ2・レベル11」のモジュラー形式
F((aτ+b)/(cτ+d))=(cτ+d)²×F(τ) 右肩の 2 を重さ、c が倍数でなければならない 11 をレベルという。F は「重さ2・レベル11」のモジュラー形式

うさ美
τ/(11τ+1) は、τ+1 のような単純なずらし方ではありません。複素数どうしの割り算です。それなのに、F の値が (11τ+1)² 倍になるだけ、というのは……掛け算の式を見ても、そんな性質があるようには見えません。

ねこ博士
そう、見ただけでは分からない。けれど成り立っている。τ にいろいろな複素数を入れて、両辺を数値で計算すると、ぴったり一致する。そして、このような対称性をもつ関数はめったにない。重さ2・レベル11 で、q から始まる種類のものは、本質的に F ただ1つしかないことが分かっている。対称性があまりに強いので、係数が勝手に決まってしまうんだ。
F(τ) の色地図。横が τ の実部 x(−1/2〜1/2、ちょうど1周期ぶん。F(τ+1)=F(τ) なので左右にはこの模様がくり返す)、縦が虚部 y(0.003〜0.2)。各点の色は、F(τ) を矢印と見たときの向き(角度)を表し、明るさは |F(τ)| に y² を掛けた大きさを表す(隠れた対称性で写り合う2点では、この量が等しくなる)。実軸に近づくと、x=0 の上に見える模様が、縮んだ形で無限にくり返し現れる。図をタップ(クリック)すると、その点の τ で F(τ/(11τ+1)) と (11τ+1)²F(τ) を計算して比べる

うさ美
楕円曲線の指紋が、こんなに対称性の強い関数の係数として出てくる……。ほかの楕円曲線でも、同じことが起きるんですか?

ねこ博士
それが、この旅でいちばん大事な予想だ。1955年、日本の若い数学者谷山豊が、東京と日光で開かれた国際会議で、この方向の問題を提出した。それを志村五郎が磨き上げ、のちにフランスのヴェイユも研究して、次の形にまとまった。
谷山–志村予想:有理数を係数とするどんな楕円曲線にも、重さ2のモジュラー形式があって、
そのレベルは楕円曲線の導手に等しく、qp の係数は(悪い素数を除いて)その楕円曲線の aₚ に等しい
ひとことで:「すべての楕円曲線はモジュラーである」

うさ美
楕円曲線は「方程式の世界」で、モジュラー形式は「複素数の関数の世界」です。まったく別の世界のものが、全部1対1でつながっている、という主張ですか?

ねこ博士
そう。2つの世界の間に、すべての楕円曲線について橋がかかっている、という主張だ。たくさんの曲線で数値的には確かめられていって、多くの数学者が正しいと信じるようになった。けれど、証明の手がかりはまったくなかった。谷山は1958年、31歳で亡くなり、予想が解かれるのを見ることはなかった。

うさ美
すごい予想だということは分かりました。でも、これがフェルマーの最終定理と、どうつながるんですか? xⁿ+yⁿ=zⁿ には、楕円曲線もモジュラー形式も出てきません。

ねこ博士
1980年代まで、ほとんどの数学者もそう思っていた。谷山–志村予想は数論の大問題、フェルマーの最終定理は昔からの難問で、2つは別の話だとね。その2つが、ある1本の楕円曲線によって結びつけられる。次のステージでは、そのありえない曲線を作ってみよう。
【このステージの成果】
F=q(1−q)²(1−q¹¹)²(1−q²)²(1−q²²)²… を展開すると q−2q²−q³+2q⁴+q⁵+…
素数 p について、qp の係数=楕円曲線 y²+y=x³−x² の aₚ(どこまでも一致する)
q=e2πiτ(τ の虚部は正)とおくと F(τ) は関数になる。F(τ+1)=F(τ)
隠れた対称性 F(τ/(11τ+1))=(11τ+1)²F(τ):重さ2・レベル11 のモジュラー形式。レベル 11=曲線の導手 11
谷山–志村予想(1955年〜):すべての楕円曲線はモジュラー(aₚ がモジュラー形式の係数として現れ、レベル=導手)
確認クイズ
Q1. 掛け算 F を展開したとき、q⁵ の係数を知るために必要なかっこは?
正解! 最初に q が1つ掛かっているので、残りの掛け算は q⁴ まで分かればよい。(1−q⁵)² より先のかっこは 1 のほかに q⁵ 以上の項しかもたず、q⁴ までの係数に効かない。
Q2. τ を τ+1 に変えても F(τ) が変わらない理由は?
正解! e^(2πi(τ+1))=e^(2πiτ)×e^(2πi) で、e^(2πi) は1周回って 1。q が変わらないので F も変わらない。本当にすごいのは、τ/(11τ+1) への取りかえのような隠れた対称性のほう。
Q3. 谷山–志村予想の主張は?
正解! 楕円曲線(方程式の世界)とモジュラー形式(複素関数の世界)の間に、すべての曲線について橋がかかっている、という主張。モジュラー形式のレベルは、曲線の導手に等しい。