STAGE 1
余白の書き込み
整数の直角三角形と円の上の分数の点
🎯 ミッション
フェルマーの最終定理が何を主張しているかを知り、n=2 のときの解(整数の直角三角形)を、傾き t の直線から作る公式 (n²−m², 2mn, n²+m²) を導こう。
未達成

ねこ博士
今日から新しい旅を始めよう。テーマはフェルマーの最終定理だ。17世紀のフランスに、ピエール・ド・フェルマーという人がいた。本業は裁判所の役人で、数学は仕事の合間の趣味だったけれど、その趣味で歴史に残る発見をいくつもした。1637年ごろ、彼は古代ギリシャの数学者ディオファントスが書いた『算術』という本を読みながら、そのページの余白に、こんな書き込みをした。

うさ美
何と書いてあったんですか?

ねこ博士
意味をとると、こうなる。「n が3以上の自然数のとき、xⁿ+yⁿ=zⁿ をみたす自然数 x, y, z は存在しない。私はこのことの、まことに驚くべき証明を見つけた。しかし、この余白はそれを書くには狭すぎる」。自然数は 1, 2, 3, … と続く数のこと、xⁿ は x を n 回掛けた数だね。
フェルマーは『算術』の余白にラテン語でメモを書いた(イメージ)。書き込みは彼の死後、1670年に息子のサミュエルが、メモ入りの『算術』を出版して世に知られた。「Cubum autem in duos cubos…(立方数を2つの立方数に分けることはできない…)」「marginis exiguitas…(余白が狭すぎて…)」

うさ美
n=2 なら x²+y²=z² で、三平方の定理の式です。3²+4²=5² のように成り立つ組があります。それが n=3 になると x³+y³=z³ で、これをみたす自然数は1組もない、ということですか?

ねこ博士
そう。n=4 でも、5 でも、100 でも、どんなに大きな n でも1組もない、というのがフェルマーの主張だ。ところが、「驚くべき証明」はどこにも残っていなかった。その後、世界中の数学者が挑んで、最後に証明が完成したのは 1995年。イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズによるもので、書き込みから358年かかった。

うさ美
主張はこんなに短いのに、どうしてそんなにかかったんですか? コンピュータで片っ端から調べれば……あ、でも調べても「見つからなかった」と分かるだけで、「どこまで大きな数を調べても絶対にない」とは言えない、ということですか?

ねこ博士
その通り。1990年代の初めには、コンピュータで n が400万までの場合は確かめられていた。それでも、n は限りなく大きくなれるし、x, y, z も限りなく大きくなれる。「ない」と言い切るには、無限個の場合を一度にまとめて扱う証明が要る。この旅では、その証明への道をたどっていく。最初に、旅の地図を渡しておこう。

うさ美
地図、ですか?

ねこ博士
前半の STAGE1〜4 では、フェルマー自身や19世紀の数学者が考えた方法を、中学の数学で実際に証明しながらたどる。後半の STAGE5〜9 では、楕円曲線とモジュラー形式という、一見フェルマーの式とは無関係な2つの世界が登場して、その2つの間にかかる橋が決め手になる。後半の証明そのものは大学院で何年も学ぶ内容だから、全部を追うことはしない。そのかわり、筋道をきちんと説明して、筋道を支えている不思議な一致を、自分の手で計算して確かめる。これを旅の約束にしよう。

うさ美
分かりました。まずは n=2 からですか? 3, 4, 5 以外にも答えはあるんですか? 2倍した 6, 8, 10 も答えになりますが、それは同じ形の三角形を大きくしただけです。

ねこ博士
形の違うものも無数にある。たとえば 5, 12, 13 や 8, 15, 17。今日の目標は、こういう整数の直角三角形を、すべて作り出す公式を手に入れることだ。ここでひとつ、見方を変えよう。a²+b²=c² の両辺を c² で割ってごらん。

うさ美
(a/c)²+(b/c)²=1 です。3, 4, 5 なら (3/5)²+(4/5)²=9/25+16/25=25/25=1。……x=3/5、y=4/5 とすると x²+y²=1 です。原点から点 (x, y) までの距離は、三平方の定理で √(x²+y²) だから、距離が1。点 (3/5, 4/5) は、原点を中心とする半径1の円の上にある、ということですか?

ねこ博士
そう。分数で書ける数を有理数という。3=3/1 のように整数も有理数の仲間だ。そして、x 座標も y 座標も有理数である点を有理点と呼ぶ。いま、整数の直角三角形 (a, b, c) から、半径1の円の上の有理点 (a/c, b/c) が1つ作れた。逆に、円の上の有理点 (p/r, q/r)(分母をそろえて r にしておく)があれば、両辺に r² を掛けて p²+q²=r²。整数の直角三角形に戻る。

うさ美
つまり「整数の直角三角形を探すこと」と「半径1の円の上の有理点を探すこと」は同じ問題、ということですか?

ねこ博士
その通り。ここからは円の上で考えよう。半径1の円を単位円と呼ぶことにする。単位円の上の点はほとんどが有理点ではない。たとえば x=1/2 の点はどうかな?

うさ美
y²=1−1/4=3/4 だから、y=√3/2 です。√3 は分数で書けない数(無理数)なので、この点は有理点ではありません。有理点は、円の上にまばらにしかないのに、どうやって見つければいいんですか?

ねこ博士
手がかりになる有理点が1つあれば十分なんだ。単位円の上には、間違いなく有理点がある。(−1, 0) だ。この点から、傾き t の直線を引く。直線は円ともう1か所で交わる。t が有理数なら、その交わる点は必ず有理点になる。確かめてみよう。点 (−1, 0) を通る傾き t の直線の式は書けるかな?

うさ美
傾き t で、x=−1 のとき y=0 だから、y=t(x+1) です。これを x²+y²=1 に入れると、x²+t²(x+1)²=1。……ここから x を求めるんですか? 2次方程式になってしまいます。

ねこ博士
x=−1 が答えの1つだということは、もう分かっているね。1 を左に移して x²−1 を因数分解してごらん。(x+1) でくくれるはずだよ。

うさ美
x²−1+t²(x+1)²=0 で、x²−1=(x+1)(x−1) だから、
(x+1)(x−1)+t²(x+1)²=0
(x+1){(x−1)+t²(x+1)}=0。
x=−1 は出発点なので、もう1つの交点は (x−1)+t²(x+1)=0 のほうです。x(1+t²)=1−t² だから x=(1−t²)/(1+t²)。y=t(x+1) に戻すと、x+1=2/(1+t²) なので y=2t/(1+t²)。……t が分数なら、足し算・引き算・掛け算・割り算しかしていないので、x も y も分数になります。
(x+1)(x−1)+t²(x+1)²=0
(x+1){(x−1)+t²(x+1)}=0。
x=−1 は出発点なので、もう1つの交点は (x−1)+t²(x+1)=0 のほうです。x(1+t²)=1−t² だから x=(1−t²)/(1+t²)。y=t(x+1) に戻すと、x+1=2/(1+t²) なので y=2t/(1+t²)。……t が分数なら、足し算・引き算・掛け算・割り算しかしていないので、x も y も分数になります。

ねこ博士
それが「必ず有理点になる」理由だ。t にいろいろな有理数を入れてみよう。t=1/2 なら?

うさ美
x=(1−1/4)/(1+1/4)=(3/4)/(5/4)=3/5、y=1/(5/4)=4/5。3, 4, 5 が出てきました。t=2/3 なら、x=(1−4/9)/(1+4/9)=(5/9)/(13/9)=5/13、y=(4/3)/(13/9)=12/13。5, 12, 13 です。

ねこ博士
t=m/n(m と n は自然数)と書いて、分母と分子に n² を掛けると、x=(n²−m²)/(n²+m²)、y=2mn/(n²+m²) になる。分母をはらうと、整数の直角三角形の公式ができあがる。
出発点 (−1, 0) から傾き t の直線 y=t(x+1) を引くと、単位円ともう1点で交わる:
x=(1−t²)/(1+t²)、y=2t/(1+t²) t=m/n とおき、分母・分子に n² を掛ける:
x=(n²−m²)/(n²+m²)、y=2mn/(n²+m²) 整数の直角三角形の公式:a=n²−m²、b=2mn、c=n²+m²(n>m)
x=(1−t²)/(1+t²)、y=2t/(1+t²) t=m/n とおき、分母・分子に n² を掛ける:
x=(n²−m²)/(n²+m²)、y=2mn/(n²+m²) 整数の直角三角形の公式:a=n²−m²、b=2mn、c=n²+m²(n>m)

うさ美
本当に a²+b²=c² になるか、展開して確かめます。(n²−m²)²+(2mn)²=n⁴−2n²m²+m⁴+4m²n²=n⁴+2n²m²+m⁴=(n²+m²)²。なりました。
傾きから直角三角形を作るシミュレータ。m と n(m<n)を入れると、点 (−1, 0) から傾き t=m/n の直線を引き、単位円とのもう1つの交点 P を求める。P の座標の分母をはらった (a, b, c) が整数の直角三角形になる。スライダーは t をいろいろな分数に動かす

うさ美
逆に、単位円の上の有理点は、全部この方法で出てくるんですか? 傾きをうまく選べなかった有理点が残っていたりしませんか?

ねこ博士
いい質問だね。円の上の有理点 (p, q) が1つ与えられたとする((−1, 0) 以外)。(−1, 0) とその点を結ぶ直線の傾きは、縦の差÷横の差で q/(p+1)。分数どうしの割り算だから、これも有理数だ。つまり、どの有理点も、ある有理数の傾き t から出てくる。取りこぼしはない。

うさ美
ということは、整数の直角三角形は、どれもこの公式で作った三角形か、それを何倍かしたもの、ということですか?

ねこ博士
そう。公式そのものは、紀元前300年ごろのユークリッドの『原論』にもう出てくる。そしてディオファントスの『算術』には「与えられた平方数を、2つの平方数の和に分けよ」という問題がある。フェルマーが例の書き込みをしたのは、まさにこの問題の横の余白だったんだ。2つの平方数には分けられる。では、立方数(3乗の数)を2つの立方数に分けられるか、と考えたんだね。

うさ美
n=3 でも同じ方法が使えないんですか? x³+y³=z³ を z³ で割れば、(x/z)³+(y/z)³=1 で、曲線 x³+y³=1 の上の有理点を探す問題になります。

ねこ博士
言い換えまではうまくいく。フェルマーの主張は「曲線 xⁿ+yⁿ=1(n≧3)の上には、(1, 0) や (0, 1) のように座標に0を含む点のほかに、有理点がない」と言い直せる。けれど、円で使った直線の方法はここで止まってしまう。円は2次の式だから、直線とは最大2か所でしか交わらない。1つが分かっている有理点なら、残りの1つも有理点になった。3次の曲線と直線は最大3か所で交わるから、1つ分かっていても、残りが2つある。この2つは、有理数になるとは限らないんだ。

うさ美
n=2 のときは無数に作れたのに、n=3 からは「1つもない」。同じ形の式なのに、そこまで違うんですね。

ねこ博士
その落差がこの問題の不思議さなんだ。次のステージでは、フェルマー自身が残した、ただ1つの証明を読む。n=4 の場合だ。今日作った直角三角形の公式が、そこで道具として活躍する。
【このステージの成果】
フェルマーの最終定理:n≧3 のとき、xⁿ+yⁿ=zⁿ をみたす自然数 x, y, z は存在しない(1637年ごろの書き込み → 1995年にワイルズが証明完成)
整数の直角三角形 (a, b, c) ⇔ 単位円の上の有理点 (a/c, b/c)。有理数=分数で書ける数、有理点=座標がどちらも有理数の点
(−1, 0) から傾き t の直線を引くと、もう1つの交点は ((1−t²)/(1+t²), 2t/(1+t²))。t が有理数なら有理点で、どの有理点もこうして出てくる
t=m/n で、整数の直角三角形の公式 (n²−m², 2mn, n²+m²)。整数の直角三角形はすべて、これかその何倍か
確認クイズ
Q1. フェルマーの最終定理が主張していることは?
正解! n=2 では 3²+4²=5² などの解が無数にある。n が3以上になると1組もない、というのがフェルマーの主張で、1995年にワイルズが証明を完成させた。
Q2. 整数の直角三角形 (a, b, c)(a²+b²=c²)に対応する、単位円の上の有理点は?
正解! a²+b²=c² の両辺を c² で割ると (a/c)²+(b/c)²=1。点 (a/c, b/c) は原点からの距離が1の、座標が分数の点になる。
Q3. 公式 (n²−m², 2mn, n²+m²) で m=3、n=4 とすると、できる直角三角形は?
正解! n²−m²=16−9=7、2mn=24、n²+m²=25。7²+24²=49+576=625=25²。傾き t=3/4 の直線から出てくる三角形だ。